午後出だからいっぱい寝るぞと布団に入った途端に、猫がうわあーうわあーと鳴いて呼ぶのでベッドを飛び出して階下へ来たら、私が来たことに満足して向こうの椅子で寝ちゃった。なんでぇ、一緒の布団で寝てくれたら良いのに、と拗ねた私がソファに座った瞬間、突然起きた猫が私のところまで凄い勢いで走って来て、膝に飛び乗って、寝た。
街を歩いていると毎回新鮮に、人間がたくさんいることに驚く。「うわあ、人間だ、」と呟いてしまう。この人たちにそれぞれ思考があって背景があって人生があると思うとその凄まじい情報量に慄く。世界のサーバー、そのうちダウンするんじゃないですか。
私自身はあまりにも些細なことで悩んで落ち込んで不安になってしまう人間なのだけど、道行く人たちも同じくらい悩んでいるのだろうか。それとももっとのんびり構えている人が多くを占めているのだろうか。悩み方も、自分を責める人と誰かに怒りを覚える人と……とか色々あるだろう。そのバリエーションを生み出したのは誰なんだろう、神様ってことになるのだろうか、それとも世界はそういうプログラムで自動運用されているのだろうか。プログラムのことを神様と呼ぶのか。
SNSなんかを見ていると自分が想像しているよりもかなり多くの人が似たような悩みを抱えているように見えるから、なんだ「みんな」悩んでるんだ、と思うけど、その集団を安易に「みんな=all」とすべきじゃないし、それをもって安心するのはさらに間違っているんだろうなということは理解している。そもそも同じSNSを使っている時点で一定の似た方向性を持つ人間がセレクションされているから人間たちの平均ではないし、日本だけでも1億を超える人数がいるのだから5000いいねがついていようと0.00005%(合ってる? さんすう苦手)しか同調していないと思えば少数派になってしまうのかも。とは言いつつ、やっぱり「みんな悩んでるんだなあ」と思いたいものらしい、自分も、みんなも。
なんてくだらない長文を書いていたら突然明日のお弁当を作っていないことに気がついた。月水金はお弁当を持参しているのだが、今週は水曜日にお弁当を作り忘れてしまったのだ。お弁当作りは自分で自分をなだめる行為だと思っているので、こんな不安でイライラしていて気持ちの落ち着かない日こそ、絶対に持っていかねばならない。ガパオライス(先日いただいた混ぜるだけの「もと」があって)にゆで卵と市販のピクルスをつけた。自分はなんにも作っていないけど、お弁当、今度こそちゃんと持って行ってやるぞ。